さとうさんちの介護な日々

さとうさんちの介護な日々

義母・サトコを在宅介護して4年。介護にまつわる漫画(コミックエッセイ)とイラストのブログ

義母サトコが認知症と診断されて思ったこと

 

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スクリーニングテストの結果は、中程度の認知症ということでした。

初期ではなく、少し進んだ状態ということですよね。

正直、少なからずショックで、気持ちの整理ができなかったです。

今はちょっと落ち着いて考えられるようになったのでメモ的にまとめ。

 

驚きとやっぱりという気持ちが同時に。

驚き

12月まで、(声掛けは必要だが)自分のことはだいたいできていたし

生活において困ることはほとんどなかったので

認知症と言われてもあまりピンときませんでした。

ご飯を食べたことを忘れて何度も請求してくるとか、

物を盗られた妄想とか、性格が急にかわったとか、そういうの全くなかったので。

 

やっぱり

会った人のことを忘れてしまったり、

その日の出来事を夕方には思い出せなかったり、

とぼけてるなあとすっかり慣れてしまっていたがやっぱりアレはヘンなのかと改めて思った。

そうか、やっぱりそうか。冷静に見ればそうか。

本人も家族も困っていなかったので、サトコの言動に寛容すぎたのかしら。

 

「いつから」という疑問

5年前の入院から?

初期治療が大事ということは知っていたが、専門の診察を受けていませんでした。

認知症ですと診断されるのが怖かったのかも。

5年前の骨折~入院の時、

急に記憶があいまいになって目の光がなく、ぼうっとしている時があったが、

脳には異常はなかったので長期入院による「せん妄」でしょうという診断。

その後、退院して日常生活に戻ったら少し戻ったので

やっぱり認知症じゃなかったのね、と思っていた。

その時、ちゃんと検査して、治療を受けていれば進行しなかったのかな

 

最近、急にすすんだのかも…?

もしかしたら今回入院してから急に進んだんじゃない?という思いもある。

もしかしたら、家で発熱して2日間寝込んだ頃からそうだったのかも?

自力で歩けない・起き上がれない状態では「ぼんやりするな」という方が難しい。

食事もおしものことも管理されている中で

自分で考えない環境を受け入れすぎてしまったのかも。

 

分岐点が見つからない

あの時こうしていれば…?

こうして思い返してみても、あの時こうしていれば…!と

激しく後悔する気持ちがあまり湧いてきません。不思議なぐらい。

これが風邪やインフルエンザなどの感染症だったら、

あの時外出しなければ!あの時すぐ手を洗っていれば!などと思うところなのかもしれないけど、

サトコの体内で起こった炎症による入院なので、そういう気持ちも湧いてこない。

分岐点などなかった、と思うのは自分への慰めなのでしょうか。

 

認知症の検査をもっと早く受けておけばなあと思わないこともないですが、

本人も家族も「困り」を感じていなかったので

「認知症です」とお墨付きをもらうことがそれほど重要なことだとは思いませんでした。

まあ、いざ診断されたら一晩ぐらいはショックなわけですが。

 

後悔していない、と思えること

サトコに介護が必要になってから、

たくさん時間も割いてきたし、我慢することも多かったなと思います。

そのぶん、サトコから信頼してもらえてると思うし、

それまで以上に家族になれたなあという良さも感じています。

介護に目をそむけずに向き合ってきたからこそ、

後悔する気持ちが湧いてこないのだろうと思うのです。

 

今後、もっと大変なことがあるのかもしれませんが

今現在「後悔がない」と思えていることは大事なポイントだと思うので

記しておかなければ、という気持ちになりました。

 

仕方がないことだってある

突き放した言い方ですが「仕方がない」ことなんだろうなと思います。

わたし自身がちょっと何かしたからって

「認知症」という病気が防げたわけじゃないんです。たぶん。

 

 

 

追記

この記事を書いたのは1週間以上前なのだけど、なんとなく寝かせてしまった。

ちょっと前の私は書いて納得したかったのだね。

 

サトコの状態は相変わらず。まだ時々発熱したりしています。

身体が治らないと退院もできないので、家族としても何もできない状態。

今後のブログの方針も考えてしまうな〜